What-if

健康情報として、社員の体重や体調の他、DNA・脳波・発話内容・瞳孔の動き、余命など、より機密性の高い情報を、会社が扱うようになったら?

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健康経営の健康

浜口の勤める会社は、福利厚生が充実していることで有名だ。特に「健康診断」を軸にした働きやすい環境づくりが積極的に行われており、診断結果を元にしたオリジナルの社食や人事サポートなど幅広い「健康経営」が実施されている。年に一度の医師による健康診断の他、週に一度のパルスサーベイもあるが、浜口は徐々に関心が薄れ毎回「普通」を選択していた。

データよりも直接のコミュニケーションが大事なのではないか。と自身の考えを持つ浜口はデータの記入を適当に行っていることを笑い話に部下とのコミュニケーションを計っていた。ある日、人事部に呼び出された浜口は管轄部署のパルスサーベイの平均化について相談される。内心「あの時の会話が影響してしまったか...」と反省しながらふと人事担当者のデスクを見ると、そこには健康診断の結果だけでなく、将来予測される病気や予測寿命、さらにはそれに紐づいているようにみえる人事評価のグラフが見えてしまった。

そこでハッと気がついた。稀に妙な時期に人事異動が発表され、その後退職するケースが数件あったことを。仕事の成果が得られない人事異動かと思っていたが、もしかしてこれらも健康診断結果に基づいた人事整理であったのでは...?

「健康診断」を元にした充実した福利厚生。そして「健康経営」。 低い数値を除外し、平均値を高めることが健康だとするならば...

翌日、浜口のヘルスサーベイは「最高」と記されていた。

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いつのまにかデータハラスメントをしてしまう人たち

 矢島は、流通会社のシステム企画を提案している。商品をピックアップする人たちがより効率的に仕事が回るようにするため、脳波や瞳孔を分析し、一番良いタイミングで人員配置するものだ。

 どんなデータを取られても仕方ないだろう、だってレベルの低い人なのだから。それで生産性はあがるし、彼らだって、その分効率的に働けると嬉しいんじゃないかな。

 システム開発は佳境に。最近ではノーコード開発できるため、企画者の矢島も開発に駆り出された。慣れない矢島は大きなバグを連発してしまう。見かねた管理者から、脳波を測るよう勧められた。
「君は夜中が活性化しているようだね。この時間に開発するとバグがなくなると思うよ。やってみたら?だって仕方ないよね、レベルが低いのだから。これ以上バグがでたら君だって立場なくなると思うし。」と管理者からアドバイスされた。

 ハッとした矢島は、すぐに会社をやめデータハラスメントの専門知識と心のケア方法を学べる専門学校に通い始めた。

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遺伝子が知るワタシ

ノーコード開発に関する技術が進み、もともとは企画職だった矢島もシステム開発に携わるようになる。矢島自身もシステム開発業務に適性を感じたようで、プロダクトマネージャとして幸せに働いていた。
そんなある日、業務効率化DNA解析システムを、会社が導入。DNA検査の結果で、所属部署や勤務時間をパーソナライズする仕組みである。矢島は検査の結果、最適部署=システム開発、最適勤務時間=20:00-29:00となる。矢島は「勤務時間が明らかに理不尽だ!」と反発した。でも、上司からは「いや~、俺もそう思うんだけどさ…。君のDNAにとってはこれが最適なんだよ。この勤務時間変更は君のwellbeingのためなんだよ」となだめらるだけで、一向に解決策は見えない。
矢島はあきらめて、AIに指定された時間に勤務することにする。かなりきつい。「なんでこんな時間に…。なんで俺がこんな目に合わなきゃいけなんだよ…」。不満はありつつも、同じ時間を指定された仲間とも愚痴を言い合いながら何とかが頑張っていた。
そんな機関が2か月くらい経過すると、深夜に勤務することが苦じゃなくなってきた。むしろ、仕事がすいすい進む。「おお、この時間は俺にとってのゴールデンタイムなのかもしれない!すごいな、DNA!」。矢島の業績はどんどん上がっていき、成果が上がると共に、給料もあがったのである!!

……この政策は日本が、世界に先駆けて国家的に取り入れた政策である。DNAの分析結果に置いて、個人にパーソナライズされた最適の職業と勤務時間を割り振る仕組みである。
この仕組みのおかげで、日本のGDP、生産性はあがり、世界一になる。BCCやCNNでも取り上げられ、世界の最先端デジタル国家と言われるようになる。日本国民は、経済成長に大熱狂。バブル再来!
ただ、こんな働き方をずっとしていて、健康面、精神面の影響はでないのだろうか。その結末は、誰にもわからない。

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知らないところで

海野社長は、人事データや勤務データ・定期アンケートなどを活用し、メンタル休職者にパターンが似た従業員を予測・早期ケアを促すシステムを導入した。導入後、一年が経過して、メンタル休職者が依然多いことに不安をもった海野社長は、経営コンサルの勧めにより、推測精度を高めるために、エムフォー社のセンシティブ情報収集システムを導入し、DNA情報、脳波情報なども収集することになった。収集は本人同意が建前だが、賞与スコアにも反映するとのことで、実質的な強制であった。

戸田さんは、こうした会社の動きに不満をもっていたが、反対しても無駄だと思っていたため、データ収集に同意した。同意すると会社からは契約保養所のクーポン券や食事券などが貰えることがわかり、その後特段の不快な体験もなく当初もっていたデータ提供への拒否感が段々と少なくなっていった。その後、システムを提供したエムフォー社が経営不振となり、外資企業に買収されると事件が起こったが、経済問題に関心のない戸田さんはこのニュースに無関心で、またシステムの運営にも影響がなかったため、記憶から抜けていった。

システム導入後3年がたち、戸田さんは、義父の介護のためB県に移住することになった。このため長年努めたA社を退職し、B県での新しい仕事を探し始めた。戸田さんは転職マッチングサイトに登録し、本格的な転職活動を始めた。戸田さんは、紹介された数社で面接を受けるが、いずれに最終面談のあとで、不採用という通知を受けるケースが続いていた。

ある日、戸田さんは、SNSで、ある転職コミュニティサイトが、DNA情報やWEB閲覧履歴をもとに「就職適正スコア診断サービス」を提供しているとの記事をみかけた。エムフォー社を買収した外資企業が提供するサービスで、エムフォー社が集めた会社内での多様な情報をもとに、対象者の協調性や退職リスクを計算するというものであった。試しに、自身のデータを登録してスコアを見ると、協調性に難があり、退職リスクも高いとの判定結果が得られた。

戸田さんは、転職マッチングサイトとの契約を解除したが、この情報は裏で取引されているようで、希望する条件での就職はなかなかできなかった。

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悟りを開く人々

2030年に日本の貧困層2000万人を主な対象として施行された「データを対価とするベーシックインカム法」、通称デベ法は一定の成果を上げ、社会保障費の大幅な削減、データを活用した様々なビジネスの興隆により、日本は再び成長局面に入ろうとしていた。
もう2年以上デベ民をしている戸田さんは、最近AIによる低評価を食らってデベ民となったパートナーの小川さんを慰めていた。

戸田  元気だせよ。ゆっくり英気を養って出直せばいいじゃん。好景気なんだし。

小川  そんなこと言って、あんたはもう2年もデバ民じゃない。危機感が足りないのよ。

戸田  危機感て…、別に税金を無駄に使う立場になった訳じゃないんだし。むしろ、色んな企業のサービスのトライアルユーザとしてデータを提供できるんだからさ。我々が産業を支えてるんだぜ。

小川  私はね、何かを生み出したいのよ。あてがわれるものを消費するだけなのは嫌なの!そもそも、みんながデベ民になっちゃったら、国がつぶれちゃうじゃない。

戸田  人間は生きているだけで価値があるんだって誰かが言ってたよ。おれだって、おれが居なかったら生み出せないデータを生み出せてるんだよ。

小川  データの生成が価値ってどういう人生よ。AIに奉仕してるだけじゃない。

戸田  いや、AIを通してみんなに貢献してるってことなんじゃないかな。そして、その貢献をしたおれににみんなが返してくれてるっていう...

小川  訳が分からないわ!そんな、へびが自分の尻尾を食べるような話が続く筈がないじゃない。

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