shortshort12
会社がHealth Coreを導入してから3年半が経った。相変わらず私はここで働いているし、スコアも良いままだ。評価に繋がったので待遇も良くなった。
今日は久しぶりの出社だ。在宅で働いている時とは違い、他の社員たちの話し声も聞こえてくる。次の会議がどうだとか、ボーナスがどうだとか。いつもと違う状況を新鮮に感じながらぼんやりと周囲の声を聞いていると気になる会話が耳に入ってきた。
「最近知ったんだけどHealth Coreのデータって社外でも使われてるらしいよ」
その一言が耳に入った途端、それまでのゆるい気分は吹き飛んでしまった。そんなことは事前に言われていただろうか。私はさっきより集中してその会話を聴き始めた。
「そんなこと説明されてたっけ?」
「なんかね、かなり前のアップデートの時に規約更新があったみたい」
そういえば半年ほど前に同意を求めるボタンを押したような気がする。あの時に私は規約を確認しなかった。どうせ社内で使うデータだし、今までメリットしかなかったのだから何も変わらないだろうと思ったのだ。だが社外で使われているとなると少し心持ちは違ってくる。誰に何のデータがどこまで渡っているかわからない。今までは人事や上司に見せるためにデータを出していたし、良いデータを出すコツも掴んでいた。会社を疑う訳ではないが、自分のデータが勝手に商品になっているのはなんだか不快だった。デメリットを感じると今までのやる気がすぅっと冷えていく。これから私はこのシステムにどうやって向き合えば良いのだろうか。
shortshort11
「田中君、まだまだ若いのに血圧高めなの怖いよ〜笑 今日はもうこれ以上脂っこいもの食べすぎないでよ」
「あ、でた!前も田中君言われてなかった?笑」
「耳タコですよ高本さん笑 いつも俺にだけ手厳しいんだから」
繁忙期を抜け、開くことのできた担当フロアの飲み会。42歳にもなると部下も以前より増えたが、長い間部下である田中君には血圧の心配をするネタが鉄板となっている。
思えば部下のデータをチェックするようになった当初は、これで部下の状態や事情をいち早く察知しなきゃ、でもその分ハラスメントには気をつけよう、と肩肘を張っていた。
同意さえあればあらゆる生活面でデータが利用される昨今、今や相手のプライバシーな情報を持っている上での話は当たり前。この前もお互いの健康診断のデータを勘違いしていたすれ違いネタがM-1で話題になってたっけ。
女子大の同級生である友人は、40の時に「日本はこのままだとデータ利活用の後進国になる、未来が見えない」と言って一念発起しアメリカに移住した。そんな理由で40から慣れない環境に?と心配していたけれど、どうやら現在は企業で働きながら、海外のデータ利活用最新事情について発信するインフルエンサーになりSNSのフォロワー数も鰻登りのようだ。
帰りがけにその事をふと思い出しSNSを見ると、「日本はハラスメントの線引きがおかしい事に気づけていますか?個人情報を含むデータ利活用について制限を設けるべきと主張する人がいる一方で、プライバシーに踏み込むのは悪いことではないという風潮、お笑いのネタにされる始末。最新の海外事情では…」という彼女の投稿が目に入った。
一瞬、今日の発言を思い返してドキッとする。でも日本ではデータジョークはもう大衆的に受け入れられていて、アメリカとは土壌が違うしね。同窓会で久しぶりに会うのが楽しみだったけれど「海外かぶれ」の今の彼女とはもう話が合わないかもしれないな…。