大津由衣

怖いもの知らずのデータ強者

東京都在住の27歳女性。情報サービス系企業にSEとして勤務している。現在9割が在宅であり、出社することはあまりない。健康への意識が高く、毎日ランニングと筋トレをし、食事面も気を遣っている。

利用しているデータと活用の方法

会社の保険組合が「Health Core」というサービスを社員全員に導入。毎年の健康診断の予約と結果の閲覧、歩数競争イベントなどで利用している。歩数、エクササイズ時間、睡眠、体重、血圧などの入力は、手入力かスマホ、スマートウォッチのデータを自動入力することもできる。歩数競争イベントなどもある。ログイン回数や歩数でポイントがもらえる。AmazonやQUOカードにポイント換算できる。 大津さんはiPhoneの歩数計を連動し、自動入力している。日々の体重や睡眠は、今は入力していない。1年半ほどで1万ポイントほど貯まっていた。

データ利活用にまつわる体験や考え

「やましいことはしていないし自分のデータは優秀」だから、会社に従順にデータを出す

「睡眠時間や体重、血圧、運動も上司から入れろと言われたらやる。面倒なので、スマートウォッチや体重計から直接飛ばせれば良い」「私はお酒もタバコもやらないし、毎日運動・食事管理をして、健康に関しては優秀。バイタルデータを取られようが、GPSで居場所を取られようが問題ない。別に恥ずかしくないし、私は別にいい。むしろ見て評価してほしい」

健康でいることに会社が報酬を与える未来を望む

「月々の医療費が何十万とかかり毎月通院しているような社員は、不健康だからって首を切るわけにはいかないが、医療費がかからない社員にアドバンテージをつける施策はありだと思う。例えばHealth Coreのポイントの付与率を、タバコを吸う社員と吸わない社員で変えるなど」

数値で実績を示せる職種の人たちは、人事評価のために行動データを取られることに抵抗を感じない

「勤怠はPCのログインロオフが自動的に入る。完全に一致しているし、GPSや利用アプリの情報を取られてもいい。SEなので、既に毎日業務表に、何にどのぐらい時間をかけたか記録を取って上司に提出している。やましいことはしていないし、在宅で働けるメリットの方が大きい」

データで成果を示せない人は、異動させるべき

「成果を上げない給料泥棒社員は、配置転換した方が会社のためにもいい。日本は米国に比べて異動や解雇が少なすぎる。会社の存続は従業員のため。私がその立場になっても、基本的に命じられた異動に従うのにそんなに不満はない」

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あの時は自分じゃなかっただけ

 「欧州のAI倫理を取り入れた法制度が施行されます」
そんなニュースが流れてから私の生活は一変してしまった。

 それは、9年前に私の勤める会社がHealth Core を導入したときと同じくらいの変化だった。新しい法制度ではAIに判断を委ねることが禁止された。データに基づいた人事で業績を伸ばした会社はその勢いで経営にもAIを導入していたのだ。
それから会社は変わった。これまでとは一転して人間の判断に重きを置くようになった。現在残っている社員は私と同じようにデータで評価されることに慣れている人間ばかりで、みんな変化に戸惑っていた。

 しかし、少しずつ違いが見え始めた。評価方法が変わったことにより、上司との相性や職場での人間関係で差がつくようになってしまったのだ。今までは同じようにデータを入れておけば良い評価がもらえた。でも相手が人間だと向こうの気分ひとつで何もかもひっくり返ってしまう。何をするにも人の判断に怯える羽目になり、息苦しくなってしまった。
 9年前にデータでの評価になれず、辞めて行った人たちも同じ気持ちだったのだろうか。あの人たちが今ここにいたら私より評価が良いのだろうか。

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手遅れだったらどうしよう

 会社がHealth Coreを導入してから3年半が経った。相変わらず私はここで働いているし、スコアも良いままだ。評価に繋がったので待遇も良くなった。

 今日は久しぶりの出社だ。在宅で働いている時とは違い、他の社員たちの話し声も聞こえてくる。次の会議がどうだとか、ボーナスがどうだとか。いつもと違う状況を新鮮に感じながらぼんやりと周囲の声を聞いていると気になる会話が耳に入ってきた。
「最近知ったんだけどHealth Coreのデータって社外でも使われてるらしいよ」
その一言が耳に入った途端、それまでのゆるい気分は吹き飛んでしまった。そんなことは事前に言われていただろうか。私はさっきより集中してその会話を聴き始めた。
「そんなこと説明されてたっけ?」
「なんかね、かなり前のアップデートの時に規約更新があったみたい」

 そういえば半年ほど前に同意を求めるボタンを押したような気がする。あの時に私は規約を確認しなかった。どうせ社内で使うデータだし、今までメリットしかなかったのだから何も変わらないだろうと思ったのだ。だが社外で使われているとなると少し心持ちは違ってくる。誰に何のデータがどこまで渡っているかわからない。今までは人事や上司に見せるためにデータを出していたし、良いデータを出すコツも掴んでいた。会社を疑う訳ではないが、自分のデータが勝手に商品になっているのはなんだか不快だった。デメリットを感じると今までのやる気がすぅっと冷えていく。これから私はこのシステムにどうやって向き合えば良いのだろうか。

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美しいデータ

私は自分の食生活や運動習慣を厳しくコントロールしている。周りからは意識が高いって言われるけど、自分のことを自分で管理できないなんて甘すぎると思わない?

普段使っているヘルスケアアプリは健康データやバイタルデータの成績に応じてポイントがもらえるんだけど、最近そのサービスがアメリカの企業に買収されて、提供できるデータの幅ともらえる報酬が拡大されたの…

━好機!これで私のこの美しいデータがもっと評価される!
ああでも昨日は睡眠時間が理想より3分も少なかった…。もっと日々の暮らしを厳密にコントロールしなきゃね。

せっかくだから周りの人も管理してあげようと思って、美しいデータを作るためのコンサルとデータ作成代行事業も始めたんだけど、みんな意識低すぎない?いい生活はいいデータから作られるのに…。美しいデータを作ればお金がもらえるし、それでまた自己投資できるんだから。もし必要であればあなたのデータも管理するけど…?

最近は歩数を稼ぐために鳩を飼い始めてるの。鳩の頭に歩数計を付けておけば、彼らがポッポと首を振るたびに歩数がカウントされる仕組み。睡眠データはウサギに作ってもらってるし、体脂肪率のデータはづくりはヘビに手伝ってもらってる。
家が動物園みたいになってきたけど、しょうがないよね。これも美しいデータを作るための自己投資なんだから。
ああ…またヘビがウサギを食べようとしている…。でももうベッドに入らなきゃ。あと53秒で寝る時間だから…。

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データなんて怖くない

海野社長の決断により様々なデータから社員スコアを図るシステムが2024年に導入されてから一年が経過した。従来から健康ポイントにより賞与加算が行わせていたが、データにより職員の働きぶりも評価され、給与や昇進にも反映される仕組みだ。
大津さんは、本システムの導入を喜び、日々の活動によりスコアが上昇し、社内でもトップレベルであることに誇りと喜びを感じていた。来年30になる大津さんは、高本部長から来年は課長に昇進する可能性が高いことを聴き、ますます業務を熱心にこなしていた。

30歳の誕生日を迎えたころ、チームリーダーになった大津さんは、半年にわたる大型案件の最終納品と次期案件の準備が重なり、多忙を極めていた。最終納品のあと複数の関係部署や取引先との打ち上げ会が続くと体調の不調を感じるようになった。気が付くと、体中にむくみを感じ、体重が急激に増加していることが分かった。異常を感じた大津さんは○○症候群と診断され1カ月の入院治療を行うことになった。
退院した大津さんは、勤務を再開したが、職場は長期入院した大津さんに気を遣うようになった。大津さんも、昔のように働くことに不安を覚えるようになっていった。気がつくと大津さんの社員スコアがかなりダウンしていることに気が付いた。

一年後、高本部長から、同僚の小川さんが課長に昇進するとの話を聞いた。小川さんは先輩ではあるが、内気で前は社員スコアも自分より低く、当然自分が先に昇進すると思っていた。確認してみると、現在は小川さんのほうが自分よりもスコアが高かった。
大津さんは、スコアの計算方法に疑問をもち、どのような基準でスコアを計算するのかを人事部門に尋ねたが、AIが計算しているとの話だけで納得のできる説明は得られなかった。
大津さんの社員スコアは、その後、徐々に低下していった。1年後、大津さんは社員スコアを導入していない会社に再就職をした。

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脱出する人々

2030年のデータ倫理法の施行で、企業は授業員の行動データなどの運用に多大なコストを払うことになったが、一方そのデータの活用については「倫理的」という枠がはめられたために思うに任せず苦しんでいた。
苦しんでいたのは企業だけではない。ここでは1組のカップルが危機を迎えていた。

大津  もうやってられない! 業績は下がってるし、私の評価も前よりいい加減だし。あいつらはデータ経営するつもりがないのよ。

田澤  そんなことないよ。ルールの中で彼らだって頑張ってるんでしょ?

大津  私はちゃんとデータを出してるのに、出してない奴らと差を付けないから、ちっとも評価が上がらないじゃない。

田澤  いや、でもデータを出さない従業員を不当に差別しないっているルールだし…

大津  大体あんな法律ができたのがいけないのよ。あれ以来、日本のデータ活用は進まないどころか退歩しちゃったじゃない。

田澤  そうかも知れないけど、だからって香港に移住とか言い出さなくても。

大津  私はね、沈んでいく国の沈んでいく企業なんかと心中するつもりはサラサラないのよ。

田澤  でも、おれ日本史の先生だからついて行けないよ…

大津  あなたは難しいかも知れないけど、私はSEだし実力あるし、どこでもやって行けるのよ!

田澤  それって、もう別れるってこと…?

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