高本 典子

データから相手を読み取りポジティブに活用する

東京都在住の37歳女性。駅直結のデパートのフロアマネージャー兼バイヤー。3年前から直属の部下を4人持っている管理職。現在は出社5割、外出4割、在宅1割で勤務している。

利用しているデータと活用の方法

2年前に健康経営の目的でスマートウォッチが販売職など現場系の社員に貸与された。毎日、歩数、移動距離、睡眠時間、平均心拍数、運動があれば種類や時間をエクセルフォームに入力。血圧と体温は別途計測して同じフォームに入力。部下4名から集め、自分のも含めて、上司に提出している。 導入の際、総務から健康経営という目的が説明された。その際、スマートウォッチのGPSデータは出したくないという議論があり、GPSの収集は無しになった。総務が実際にどう活用しているのかは不明。経営や人事にも渡っているのかもしれないとのこと。

データ利活用にまつわる体験や考え

上司としては、データからいち早く相手の状態や事情を察知し、先回りした対応をしたい:「血圧高め、低めの人がいると、対応に配慮しようかなと思う」「部下のバイタルデータを見て『この仕事彼は嫌なんだな』とわかったら良い」「現場仕事で頻繁に顔を合わせているので部下の状態は大体わかるけれども、バイタルデータ、特に睡眠時間や体重の急な変動がないかが見られると安心です」

 

もともと知り得ないことを知ることで、データによる人格の決めつけや、ハラスメントが起きうる:「マネージャーは得られたデータを注意して使わないとハラスメントになりうる。特に発言に関しては、細かい規定が書いてあります。感染の原因となった行動(飲み会)を責める、体温バイオリズムから『◯◯さんそろそろイライラ期ですね』等の発言、誰が感染したなどを口にするなどはNGです。コロナの判断に使うだけなら、マネージャーが生の体温データを共有する必要はない筈ですし」「上司から何気なく『きみ、随分血圧低いんだね』と言われた。データがコミュニケーションの一つになることもあるが嫌だと捉える人もいる」「男性社員で血圧が高めの人に対して、飲み会の時に『脂っこいもの食べすぎないでよ』と冗談まじりに言いかけた。でも、プライバシーに踏み込んだことだし、ハラスメントが気になり結局言いませんでした」

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いい上司 高本さん

 ある日、高本さんが会社に出社すると、上司から会社は、従業員のライフログやDNAから、個人の体質、知的能力、特性、性格などを分析し、最適な働き方を提案することを決定したという。高本さんは、この話を聞いて、驚愕した。
「これって、個人のプライバシーに関わることじゃないですか?」と高本さんが問いかけたところ、上司は、
「あなた方にとってもメリットがあるはずです。最適な働き方が分かれば、より効率的に仕事ができるようになりますし、健康管理にも役立ちます」
と説明した。さらに
「個人情報は秘匿されますし、複数の提案があるため、あくまで参考にしていただくものです」
と上司は答えた。

高本さんは、提案内容を確認すると、自分の体質、知的能力、特性、性格に合わせた最適な働き方が複数提示されていることを知った。彼女は、この新しいシステムに対して期待を抱いた。
「こんなに自分に合った働き方があるんですね。これなら、私もより効率的に仕事ができますし、健康にも気を配れます」
と高本さんは思った。しかし、部下たちは、提案内容に対して戸惑いを隠せなかった。
「どれも自分には合わない気がするんですが」と、部下たちは困惑した様子で尋ねた。高本さんは、部下たちに対して、
「これは参考にすべきものであり、必ずしも自分に合ったものとは限りません。自分で試してみて、自分に合った働き方を見つける事が大事だと思いますよ」
とアドバイスした。

会社の新しいシステムにより、個人のプライバシーが守られた上で、最適な働き方が提案されるようになった。高本さんは、このシステムを利用し、自分に合った働き方を探求することを決意した。

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私のデータジョークがハラスメントなわけがない

 「田中君、まだまだ若いのに血圧高めなの怖いよ〜笑 今日はもうこれ以上脂っこいもの食べすぎないでよ」
「あ、でた!前も田中君言われてなかった?笑」
「耳タコですよ高本さん笑 いつも俺にだけ手厳しいんだから」
 繁忙期を抜け、開くことのできた担当フロアの飲み会。42歳にもなると部下も以前より増えたが、長い間部下である田中君には血圧の心配をするネタが鉄板となっている。
思えば部下のデータをチェックするようになった当初は、これで部下の状態や事情をいち早く察知しなきゃ、でもその分ハラスメントには気をつけよう、と肩肘を張っていた。
同意さえあればあらゆる生活面でデータが利用される昨今、今や相手のプライバシーな情報を持っている上での話は当たり前。この前もお互いの健康診断のデータを勘違いしていたすれ違いネタがM-1で話題になってたっけ。

 女子大の同級生である友人は、40の時に「日本はこのままだとデータ利活用の後進国になる、未来が見えない」と言って一念発起しアメリカに移住した。そんな理由で40から慣れない環境に?と心配していたけれど、どうやら現在は企業で働きながら、海外のデータ利活用最新事情について発信するインフルエンサーになりSNSのフォロワー数も鰻登りのようだ。
帰りがけにその事をふと思い出しSNSを見ると、「日本はハラスメントの線引きがおかしい事に気づけていますか?個人情報を含むデータ利活用について制限を設けるべきと主張する人がいる一方で、プライバシーに踏み込むのは悪いことではないという風潮、お笑いのネタにされる始末。最新の海外事情では…」という彼女の投稿が目に入った。
一瞬、今日の発言を思い返してドキッとする。でも日本ではデータジョークはもう大衆的に受け入れられていて、アメリカとは土壌が違うしね。同窓会で久しぶりに会うのが楽しみだったけれど「海外かぶれ」の今の彼女とはもう話が合わないかもしれないな…。

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上司はつらいよ

従来から導入されていたパルスサーベイの真正性に疑問をもった海野社長は、法律の改正にともない経営コンサルタントから推奨されたAIによる虚偽入力発見ツールの導入を決断し、虚偽が発覚した場合には罰則を与える(減俸、勤務評価を下げる)との通知を全社にアナウンスした。
部長の高本氏には、20人の部員があり、部長として部下のパルスサーベリの入力内容の真正性を定期的にチェックすることが要求されるようになった。研修では、部下の虚偽入力を見抜くやり方を受講し、またAIツールにより内容の矛盾を検出する機能が追加されてアラートのでた部下を個別面談・指導することが求められるようになった。
部下の小川さんは、前に導入されたパルスサーベイでは、本心とはことなる内容を入力して、上司に目を向けてほしい時にはわざと「雨」や「曇」を入力することがよくあった。今回の通達により、不安もあったが、以前、高本部長との宴席で、「私は吸い上げるだけで内容など見ない」との話があったため、従来通りお化粧をした入力を続けていた。

ある日、高本部長のモニタに小川さんに虚偽入力の可能性があるとのアラートがあがり、人事部からの通達により、高本部長は小川さんと個人面談をして報告書を提出することが求められた。高本部長は小川さんと面談の場を持ち、今後はお化粧しないことの指導を行い、報告書の提出を行った。 その後、小川さんには、入力時に、虚偽入力のアラートが頻繁にでるようになった。不安をもった小川さんは労働組合に相談したところ、おなじようなクレームがたくさん上がっていることを知った。同じような経験をしている組合員と話し合いの場をもつことで、上司と会社に対する不信感が高まっていった。

一部メンバーが労働基準管理局に組織によるパワハラとの訴え起こすことになった。高本部長は、こうした動きを人事部門から聞き、小川さんら現場社員との面談を何度となく行うことになった。社員からは会社は俺たちを信頼していないのか、個別指導はパワハラだとの声があがり、会社からは厳格な指導・対応が求められた。人情派の高本部長は、現場と本社の板挟みとなり、メンタル面での体調を崩していった。

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データなんて怖くない

海野社長の決断により様々なデータから社員スコアを図るシステムが2024年に導入されてから一年が経過した。従来から健康ポイントにより賞与加算が行わせていたが、データにより職員の働きぶりも評価され、給与や昇進にも反映される仕組みだ。
大津さんは、本システムの導入を喜び、日々の活動によりスコアが上昇し、社内でもトップレベルであることに誇りと喜びを感じていた。来年30になる大津さんは、高本部長から来年は課長に昇進する可能性が高いことを聴き、ますます業務を熱心にこなしていた。

30歳の誕生日を迎えたころ、チームリーダーになった大津さんは、半年にわたる大型案件の最終納品と次期案件の準備が重なり、多忙を極めていた。最終納品のあと複数の関係部署や取引先との打ち上げ会が続くと体調の不調を感じるようになった。気が付くと、体中にむくみを感じ、体重が急激に増加していることが分かった。異常を感じた大津さんは○○症候群と診断され1カ月の入院治療を行うことになった。
退院した大津さんは、勤務を再開したが、職場は長期入院した大津さんに気を遣うようになった。大津さんも、昔のように働くことに不安を覚えるようになっていった。気がつくと大津さんの社員スコアがかなりダウンしていることに気が付いた。

一年後、高本部長から、同僚の小川さんが課長に昇進するとの話を聞いた。小川さんは先輩ではあるが、内気で前は社員スコアも自分より低く、当然自分が先に昇進すると思っていた。確認してみると、現在は小川さんのほうが自分よりもスコアが高かった。
大津さんは、スコアの計算方法に疑問をもち、どのような基準でスコアを計算するのかを人事部門に尋ねたが、AIが計算しているとの話だけで納得のできる説明は得られなかった。
大津さんの社員スコアは、その後、徐々に低下していった。1年後、大津さんは社員スコアを導入していない会社に再就職をした。

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