海野 秀昌
合理主義のデータ利活用信者
千葉県在住の44歳男性。エネルギー系企業を経営。取引先との価格交渉や銀行借入れなどのファイナンス分野、将来の会社を見据えた人事総務の企画、新事業の検討など。社員は80名で、男性が8割。現在は出社1割、外出4割、在宅5割の割合で働く。
利用しているデータと活用の方法
"健康経営の一環として、エクササイズアプリを使って、社員に自宅での運動を義務化した。コロナ禍で社員がジムではなく自宅で運動することを促すため。エクササイズアプリは、筋トレなど50分のエクササイズ・セッションを、コーチや他の参加者とオンラインで繋がって行う。月8回までのセッション料金を、会社が負担している。 社員に1ヶ月ごとに、受けたセッション数、セッション内容、オンライン時間などのアプリのデータを、人事部に提出させ、月8回以上セッションを確実に受けている人を基準に、ボーナスの金額を20%の範囲で増減させている。査定や昇進も、運動回数によって非公式に優遇している。 "
データ利活用にまつわる体験や考え
健康経営は会社も社員もWinWinだと信じている:「大企業が先に健康経営を取り入れました。うちは中小企業で、存在価値を高めて社会的評価を得ていかないと立ち行かない。それで取り入れました。従業員が健康でいることで、当人は継続して稼げて生活できる術が得られますし、家族も喜びます。医療費が減ると会社が支払う保険料も削減できるし、仕事の成果も出やすくなります」
人は報酬でデータを出す:「導入時は、運動を強制することを嫌がる社員もいました。そのためにボーナスから増減や昇進への優遇が必要でした。『人参をぶら下げる』と、結構人はやるものです」
社員には十分説明している:「社員には健康経営の狙いを解説し、皆さん協力してください、その分ちゃんと対価として評価しますから、という説明をした。病気で収入が途絶えて家族が不幸になったり、会社の負担が大きくなるなどの、やらないことへのリスクも説明した」
データ利活用を進めたいが、世の中の流れを見てから:「経営者の立場だと、社員の日々の体重や血圧、居場所などのデータをも、査定や労務管理に活かしたいです。例えば、体重や血圧が正常範囲をキープできている人を昇進の際に優遇する。データの組み合わせで、本当の労働時間がわかれば、それを勤務時間に使うなど。一方、個人のプライバシーの面でリスクを感じます。特に、移動が多い営業職などはグレーゾーンが多く、訴えられそうです。裁判で会社が勝訴する事例が生まれたら導入したいかな」
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AI推進派、抑制派
自社がAIマネジメントサービスを利用して1年。
大企業の多くはすでに導入しているが、我々中小企業の導入率は10%程度。
しかし思い切ってやって良かった。
たった1年でこれだけの効率化が図れるのか、
社長である私の目標設定や指示、そして現場からの要望や苦情の調整など板挟みになるマネージャーの苦悩も解消されつつある。これまでの人事評価も評価基準が曖昧、評価者の恣意的な評価、がしばしば問題になっていたがこれも客観的なデータによって迅速なフィードバックができるようになった。業務時間も90%も削減でき素晴らしい成果を上げている。
とはいえ「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と言われるぐらいだから、AIによる管理で全ての問題を解決できるわけではなく上司との対人関係に悩む社員もいる。
AI管理の推進派と抑制派の対立も少なからずあるようだ。抑制派には管理職も多く、自分の業務が代替される不安もある、と聞いた。
社員の悩み解消と抑制派をなだめる意味もあって4ヶ月前から企業コーチング研修を導入した。この判断は良かった。3Dビデオシステムも導入したので、オンラインでも精度の高いコーチングを受けられると評判だ。抑制派の管理職N氏も「自分に合うコーチで気軽に話せる、部下とのコミュニケーションも良好。たまには対面でもやりたい。」と好感触。うまくバランスが取れている。。
さて、どのタイミングで明かすべきか、
そのコーチも動画生成AIであることを。
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データの扱い方で会社選びをする人たち
従業員の運動を義務化し、ボーナスUPや昇進などで「人参ぶら下げ」作戦を行っている。しかし、どうも体重や病歴に変化がなく、結果が伴っていないと感じる。今はエクササイズセッションをWebで受けてもらい、ログで利用状況をみているが、本当にみんな成果を出そうと思ってやっているか、わからない。
最近、アプリをつかった健康サービスが進化し「運動をおこなったかどうか」や「良い食事をとったかどうか」をセンサーデバイスで測り、改ざんさせずにデータをトレードする仕組みができたらしい。これを会社でも導入するとどうだろう。確実に運動しているかがわかり、正確な情報をもとにしたプログラムだと、結果に結びつけられそう。データトレードも入れられると、社員の収入源にもなるし、会社も報酬を出さなくてよくなると思う。早速やってみよう!
海野の会社は、この仕組みが話題となり「結果にコミットする健康経営」でTarzan誌に載った。健康スコアが上がる社員は昇進し、データトレードでお小遣いまで入る。しかも「海野の会社である」ことで健康上昇志向スコアがあがり、データが高くトレードされはじめた。
80名だった社員は800名まで増え、健康経営を打ち出した経営戦略が大当たり。これにあやかるかのように海野の経営戦略を真似し始めた。
健康データを活用し、健康スコアがあがる人が昇進できる会社、
個人の健康データに全く関与しないことを宣言する会社
いまや就職探しの検索条件になっている。
最近の学生は、健康データに全く関与しない会社を選ぶ傾向があるらしい。自分の親がそうした会社に転職しはじめていることも影響しているようだ。
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上司はつらいよ
従来から導入されていたパルスサーベイの真正性に疑問をもった海野社長は、法律の改正にともない経営コンサルタントから推奨されたAIによる虚偽入力発見ツールの導入を決断し、虚偽が発覚した場合には罰則を与える(減俸、勤務評価を下げる)との通知を全社にアナウンスした。
部長の高本氏には、20人の部員があり、部長として部下のパルスサーベリの入力内容の真正性を定期的にチェックすることが要求されるようになった。研修では、部下の虚偽入力を見抜くやり方を受講し、またAIツールにより内容の矛盾を検出する機能が追加されてアラートのでた部下を個別面談・指導することが求められるようになった。
部下の小川さんは、前に導入されたパルスサーベイでは、本心とはことなる内容を入力して、上司に目を向けてほしい時にはわざと「雨」や「曇」を入力することがよくあった。今回の通達により、不安もあったが、以前、高本部長との宴席で、「私は吸い上げるだけで内容など見ない」との話があったため、従来通りお化粧をした入力を続けていた。
ある日、高本部長のモニタに小川さんに虚偽入力の可能性があるとのアラートがあがり、人事部からの通達により、高本部長は小川さんと個人面談をして報告書を提出することが求められた。高本部長は小川さんと面談の場を持ち、今後はお化粧しないことの指導を行い、報告書の提出を行った。
その後、小川さんには、入力時に、虚偽入力のアラートが頻繁にでるようになった。不安をもった小川さんは労働組合に相談したところ、おなじようなクレームがたくさん上がっていることを知った。同じような経験をしている組合員と話し合いの場をもつことで、上司と会社に対する不信感が高まっていった。
一部メンバーが労働基準管理局に組織によるパワハラとの訴え起こすことになった。高本部長は、こうした動きを人事部門から聞き、小川さんら現場社員との面談を何度となく行うことになった。社員からは会社は俺たちを信頼していないのか、個別指導はパワハラだとの声があがり、会社からは厳格な指導・対応が求められた。人情派の高本部長は、現場と本社の板挟みとなり、メンタル面での体調を崩していった。
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データなんて怖くない
海野社長の決断により様々なデータから社員スコアを図るシステムが2024年に導入されてから一年が経過した。従来から健康ポイントにより賞与加算が行わせていたが、データにより職員の働きぶりも評価され、給与や昇進にも反映される仕組みだ。
大津さんは、本システムの導入を喜び、日々の活動によりスコアが上昇し、社内でもトップレベルであることに誇りと喜びを感じていた。来年30になる大津さんは、高本部長から来年は課長に昇進する可能性が高いことを聴き、ますます業務を熱心にこなしていた。
30歳の誕生日を迎えたころ、チームリーダーになった大津さんは、半年にわたる大型案件の最終納品と次期案件の準備が重なり、多忙を極めていた。最終納品のあと複数の関係部署や取引先との打ち上げ会が続くと体調の不調を感じるようになった。気が付くと、体中にむくみを感じ、体重が急激に増加していることが分かった。異常を感じた大津さんは○○症候群と診断され1カ月の入院治療を行うことになった。
退院した大津さんは、勤務を再開したが、職場は長期入院した大津さんに気を遣うようになった。大津さんも、昔のように働くことに不安を覚えるようになっていった。気がつくと大津さんの社員スコアがかなりダウンしていることに気が付いた。
一年後、高本部長から、同僚の小川さんが課長に昇進するとの話を聞いた。小川さんは先輩ではあるが、内気で前は社員スコアも自分より低く、当然自分が先に昇進すると思っていた。確認してみると、現在は小川さんのほうが自分よりもスコアが高かった。
大津さんは、スコアの計算方法に疑問をもち、どのような基準でスコアを計算するのかを人事部門に尋ねたが、AIが計算しているとの話だけで納得のできる説明は得られなかった。
大津さんの社員スコアは、その後、徐々に低下していった。1年後、大津さんは社員スコアを導入していない会社に再就職をした。
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知らないところで
海野社長は、人事データや勤務データ・定期アンケートなどを活用し、メンタル休職者にパターンが似た従業員を予測・早期ケアを促すシステムを導入した。導入後、一年が経過して、メンタル休職者が依然多いことに不安をもった海野社長は、経営コンサルの勧めにより、推測精度を高めるために、エムフォー社のセンシティブ情報収集システムを導入し、DNA情報、脳波情報なども収集することになった。収集は本人同意が建前だが、賞与スコアにも反映するとのことで、実質的な強制であった。
戸田さんは、こうした会社の動きに不満をもっていたが、反対しても無駄だと思っていたため、データ収集に同意した。同意すると会社からは契約保養所のクーポン券や食事券などが貰えることがわかり、その後特段の不快な体験もなく当初もっていたデータ提供への拒否感が段々と少なくなっていった。その後、システムを提供したエムフォー社が経営不振となり、外資企業に買収されると事件が起こったが、経済問題に関心のない戸田さんはこのニュースに無関心で、またシステムの運営にも影響がなかったため、記憶から抜けていった。
システム導入後3年がたち、戸田さんは、義父の介護のためB県に移住することになった。このため長年努めたA社を退職し、B県での新しい仕事を探し始めた。戸田さんは転職マッチングサイトに登録し、本格的な転職活動を始めた。戸田さんは、紹介された数社で面接を受けるが、いずれに最終面談のあとで、不採用という通知を受けるケースが続いていた。
ある日、戸田さんは、SNSで、ある転職コミュニティサイトが、DNA情報やWEB閲覧履歴をもとに「就職適正スコア診断サービス」を提供しているとの記事をみかけた。エムフォー社を買収した外資企業が提供するサービスで、エムフォー社が集めた会社内での多様な情報をもとに、対象者の協調性や退職リスクを計算するというものであった。試しに、自身のデータを登録してスコアを見ると、協調性に難があり、退職リスクも高いとの判定結果が得られた。
戸田さんは、転職マッチングサイトとの契約を解除したが、この情報は裏で取引されているようで、希望する条件での就職はなかなかできなかった。